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法律でひもとく介護事故

テーマ1 転倒事故責任

質問

 デイサービス(通所介護サービス)に通っているAさんが、施設の介護職員の歩行介助を断り、一人でトイレに行き転倒。大腿骨頸部内側骨折の障害を負い、後遺症が残ってしまいました。Aさんは認知症ではありません。Aさん自ら介助を断っていても、職員に責任はあるのでしょうか?

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回答

 デイサービスを提供する介護事業者は、通所介護契約上、介護サービスの提供を受ける者の心身の状態を的確に把握し、施設利用に伴う転倒等の事故を防止する安全配慮義務を負っています。
 そして、介護事業者は、Aさんの過去の転倒事故の有無、Aさんの身体の状況、歩行の程度、主治医の指示などから、Aさんが歩行時に転倒する危険性が極めて高い状態にあり、このことについて介護事業者が認識し、または認識すべきであったといえる場合には、安全配慮義務の一環としてAさんの歩行介護をする義務を負っていたといえます。
 したがって、歩行介護義務が認められるにもかかわらず、介護事業者の職員がこれを怠ったと認められるような場合には、介護事業者が損害賠償責任を負います。

解説

1.介護事業者の安全配慮義務とは?

 デイサービス(通所介護サービス)は、在宅の虚弱な高齢者や認知症高齢者を対象に、健康チェック、入浴、給食、機能訓練等をし、高齢者の心身機能の維持を図り併せて介護者を支援するサービスです。
 このことから介護事業者は、通所介護契約上、介護サービスの提供を受ける者の心身の状態を的確に把握し、施設利用に伴う転倒等の事故を防止する安全配慮義務を負うとされています(脚注1)。
 このように、介護事業者が、介護サービスを受ける者と契約をしたことによって負うことになる契約上の義務が安全配慮義務です。
 そして、安全配慮義務があるにもかかわらずこれを怠ったと認められる場合、介護事業者は、安全配慮義務違反から生じた損害を賠償する責任を負うことになります(債務不履行責任)。

2.では、どのような場合に安全配慮義務の一環として歩行介助をすべき義務があったといえるのでしょうか?

 法律上は、介護事業者において、転倒の可能性を予測することができ、かつ歩行介助をすれば転倒を防止することができたといえる場合には安全配慮義務として歩行介助をすべき義務があったと考えます。
 そして、かかる義務の有無は、過去に転倒し怪我をしたことがあったか否か、要介護者の下肢の状態(筋力の低下状況や麻痺状況)、歩行の程度や主治医の指示などの事実を総合的に考慮して判断されます。
 類似の裁判例(脚注2)では、①要介護者が従前転倒して骨折したことがあったこと、②介護事業者の施設内でも転倒したことがあったこと、③事故当時、要介護者について、両下肢の筋力低下・麻痺、両膝痛などの診断が下され、主治医においても歩行時の転倒に注意すべきことを強く警告していたことから、歩行時の転倒の危険性が極めて高い状態にあったと認定して、介護事業者には、送迎時や要介護者が当該事業者の施設内にいる間、要介護者が転倒することを防止するため、要介護者の歩行時において、安全の確保がされている場合等特段の事情のない限り常に歩行介護をすべき義務があったとの判断がされています。
 もっとも、例外と判断されることは極めてまれで、杖を利用させていたなどという程度では「安全が確保されていたといえるような特別な事情」とは到底いえないのです。

3.Aさんが、介護職員の歩行介助を断ったような場合でも、歩行介助義務はあるのでしょうか?

 Aさんは、認知症でないため、判断能力に特別な問題はありません。
したがって、Aさんが介助を拒否した場合には、介助の拒否により歩行介助義務を免れるのではないかとも考えられます。
 しかしながら、介護事業者は介護の専門家です。そして、歩行介助をしない場合の危険性を認識しまたは認識すべき者といえます。
 したがって、介護事業者は、介助を拒絶されたからといって直ちに介助義務を免れるものではありません。
 先にご紹介の裁判例においても、介護を拒否された場合であっても、介護義務者においては、要介護者に対し、介護を受けない場合の危険性とその危険を回避するための必要性をしっかりと説明し、介助を受けるよう説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の意思を表明したような場合でなければ介護義務を免れないと判断されています。
 したがいまして、介助を拒否した要介護者に対し、介助の必要性を説明し、介助を受けるよう説得を尽くしたにもかかわらず、頑なに介助を拒んだ場合には介助義務を免れ、歩行介助義務違反とはならないでしょう。
ただし、後に裁判となった場合,説得を尽くしたことを立証することはなかなかたいへんとなるでしょう。

4.過失相殺

 上記で述べたとおり、Aさんが介助を拒否したとしても、そのことから直ちに介護事業者の損害賠償責任は否定されません。
もっとも、介助を必要とするにもかかわらず、介護職員の申し出を断ったAさんにも「過失」があるといえます。
 前記の裁判例でも要介護者の「過失」を認めました。介護事業者が介護の専門家であることから、介護事業者の過失のほうが大きいと判断し、要介護者の過失割合は3割と判断されました。
 これに対し、仮にAさんが認知症であった場合には、Aさんは常に事理を弁識する能力を欠く状態なのですから、Aさんに過失を問うことはできないでしょう(脚注3)。

脚注

  • 大阪高裁平成19年3月6日判決では、契約上の本旨債務に包含されないとしても、それに付随する信義則上の義務として、転倒による受傷等から居住者の安全を守るべき基本的な安全配慮義務があるとしています。
  • 横浜地裁平成17年3月22日判決(判例タイムズ1217号263頁)
  • 参考裁判例/神戸地裁伊丹支部平成21年12月17日判決(判例タイムズ1326号239頁)

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