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3.入居者同士の諍いによるケガ

質問

 グループホームの入居者さんに乱暴な男性がいます。普段から気をつけているのですが、職員が見ていないときに、車イスに乗っている入居者さんを、車イスから落とし、ケガをさせてしまいました。
 二人の入居者さんの間、また施設にはどのような責任が生じるのでしょうか?

「入居者同士の諍いによるケガ」の画像

回答

 まず、ケガをした入居者は、ケガをさせた入居者に対して、不法行為に基づく損害賠償請求をしていくことが考えられます(民法709条)。

 ただし、ケガをさせた入居者が、自分の行為の是非善悪を判断する能力のない者であった場合には、ケガをさせた本人は、ケガをさせたことによる責任を負いません。
 この場合に誰も責任を負わないとするのでは、ケガをした入居者を救済することができません。

 そこで、法律上は、ケガをさせた入居者を、親や成年後見人等の監督者に代わって監督している(民法714条2項)介護事業者が責任を負うことになります。

 また、介護事業者が、入居者との契約上、入居者の安全に配慮する義務(安全配慮義務)を負っていると認められ、入居者同士の諍いの発生を予測でき、かかる諍いを事前に防止できたにもかかわらず、何らの措置も講じないなど事前の防止を怠ったと認められるような場合には、事業者は、事業者自身の安全配慮義務違反(債務不履行)による損害賠償責任を負います。

解説

1.ケガをさせた入居者の責任

 入居者が、ほかの入居者にケガをさせてしまった場合、入居者間に契約関係はありませんから、ケガをさせた入居者は、不法行為に基づく損害賠償責任を負うことがあります(「2.職員のついている送迎時の事故責任(解説1)」を参照してください)。
 不法行為に基づく損害賠償責任とは、不注意でまたはわざと(故意)した行為によって他人にケガなどの損害を発生させた場合に、その損害を賠償する義務を意味します(民法709条)。

 この不法行為責任は、加害者が、自分の行為の結果の是非善悪を判断することのできる能力があるにもかかわらず、その結果を避けなかったことに対する責任を問うものですので、加害者に自己の行為の結果の是非善悪を判断する能力が備わっていない場合には、これを問うことができません。
 したがいまして、加害者が重度の認知症で判断能力に欠けると判断される場合には、入居者自身が責任を負うことはないのです。

2.介護事業者の責任(安全配慮義務違反)

 介護事業者は、通常、契約上の責任としてサービスの提供にあたり、契約者の生命、身体の安全に配慮すべき義務を負っています(脚注1)。
 そして、事故の発生を予見することが可能であり、事故の発生を回避することができたのに、何ら防止策を講じることがなかったような場合には、安全配慮義務に違反したといえます。
 そして、安全配慮義務に違反したか否かは、事故発生までの入居者の行動傾向や体格、性格などさまざまな具体的事情を考慮して判断されます。

 質問と類似のケースの裁判例(脚注2)では、

  • ①介護職員の注意にもかかわらず、男性入居者が、2度3度と重ねて執拗に車イスを使用している入居者の車イスを自分のものであると主張していたこと
  • ②当該主張に際し、車イスを揺さぶり、車イスに乗っている入居者の背中を押していたこと

から、介護職員の説得に応じず、その後も継続して車イスを使用している入居者に対して同様の行為をすることは十分に予測可能であったと認定しています。

 そして、男性入居者は日ごろから暴力的で、若い頃に体力仕事をしていたことから腕力が強かったのに対し、車イスを利用していた入居者は体重も軽く小柄な体格であったことから、男性入居者が車イスを揺さぶったり、背中を押したりすれば、車イスから転落し、事故に至ることは容易に予見可能であったとしています。

 このように、事故の発生を容易に予見することができたにもかかわらず、裁判例の介護事業者は、男性入居者を単に説得し自室に戻すことしかしませんでした。
 裁判例は、介護事業者は、車イス利用の入居者をほかの部屋や階に移動させるなどして両者を接触できないようにし、車イス利用の入居者の安全を確保すべきであったと判断し、このような措置を講じなかった点をもって、介護事業者の安全配慮義務違反を認定しました。

脚注

  • 介護事業者の安全配慮義務は、介護事業者であることから当然に認められるものではなく、裁判では、介護事業者と利用者との契約内容から、介護事業者がどのような安全配慮義務を負っているのか個別に判断します。
    ただし、介護事業者であるということの性質上、ほとんどの事業者が当該契約内容からして安全配慮義務を負っていると認定されることとなるでしょう。
  • 大阪高裁平成18年8月29日判決。

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