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5.徘徊して事故

質問

 老人デイサービスセンターでデイサービスを受けていた認知症のDさんは、玄関からではなく窓から抜け出し、事故に遭ってしまいました。その窓はとても抜け出せるような高さではなく、全く想定外でした。施設にはどこまで義務と責任があるのでしょうか?

「徘徊して事故」の画像

回答

 Dさんが窓から抜け出すことについてデイサービスセンターの事業者が予測可能であり、施設利用者のDさんが、デイサービスセンターを抜け出せば戻ってくることが困難であることがわかっていた場合には、デイサービスセンター職員は、Dさんが施設を抜け出さないよう何らかの措置を講じる義務を負っていたといえます。

 わかった場合には、デイサービスセンター職員に不注意(過失)があったとしてその使用者である施設事業者が使用者責任を負います(民法715条)。

 施設事業者は、Dさんが抜け出したことによって生じた損害を賠償する責任を負いますが、Dさんが施設を抜け出したことと損害との間に因果関係がある範囲に限られます。

解説

1.施設にはどのような義務が発生しているといえるのでしょうか。

 デイサービスを受けていた認知症の要介護者が、窓から施設を抜け出し死亡した事件で、裁判所は、

  • ①要介護者が、失語症を伴う重度の老人性認知症であったこと
  • ②要介護者が健脚であったこと
  • ③要介護者は多人数でいると落ち着かなくなり帰宅したがったこと
  • ④③の事実を介護従事者は了知していたこと
  • ⑤事故当日も要介護者が多数の者がいる遊戯室の中で落ち着きなく過ごし、何度も玄関へ行っては介護従事者に連れ戻されていたこと
  • ⑥要介護者が抜け出したと思われる窓の高さが84cmであったこと

から、要介護者が脱出することは予見できたはずと認定しました。

 そして、裁判例では、介護従事者が要介護者の窓からの脱出が予見できたにもかかわらず、何らの防止措置もとらなかったことをもって介護従事者に過失があったと認定しました(脚注1)。

 この裁判例から考えると、質問の場合のように客観的に見て、窓の高さからしてDさんが抜け出すことが困難と認められる場合には、Dさんが抜け出すことを介護従事者は予見できなかったとして、窓からの脱出を防止するための何らかの措置を講じる義務までは負わないといえることになるでしょう。

 また、Dさんの認知症の程度により、Dさんが抜け出したとしても自力で帰宅することができるような場合であっても、介護従事者にDさんが施設を抜け出さないようにする義務が発生すると考えられますが、Dさんが歩行困難な者であり、仮に窓が開いていたとしても、とても窓を乗り越えることのできるような状態にないと判断される場合には玄関の扉が閉まっており、開けるとブザーが鳴るなどの措置が講じられていた以上、Dさんが施設を脱出することを予見することは不可能だったと判断され、介護従事者に置いて上記義務を負わないと判断される可能性はあります。

 また、Dさんがこれまで帰宅したがったり、施設の外に出たがったりする兆候が全くなかったという場合にも、介護従事者においてDさんが施設を脱出することを予見することは困難と判断される可能性はあります。

2.施設が負うべき責任の範囲はどうなっているのでしょうか。

 介護従事者に何らかの過失が認められ、介護従事者が不法行為責任を負う場合(民法709条)、介護施設の事業者は、当該従事者の使用者として、介護従事者と並んで損害賠償責任を負います。
 では、施設が負うべき責任の範囲はどこまででしょうか。

 不法行為に基づいて負う損害賠償の範囲は、判例上、通常の人であれば予見することができる損害(通常損害)の範囲に限定されます(民法416条(類推))。

 先に述べた裁判例では、

  • ①抜け出した施設利用者は、認知症であったものの、知った道であれば自力で帰宅することができたのであるから事理弁識能力を常に喪失している状態にあったわけではないこと
  • ②身体的には健康で問題はなかったことをもって、自らの生命身体に及ぶ危険から身を守る能力までは喪失していなかったと認定し、施設の脱出からただちに脱出した者の死を予見することはできなかった

として、死亡という点についての損害まで施設は責任を負わないと判断しました。

 そして、要介護者が施設を抜け出し、行方不明になったことによって要介護者の家族が被った精神的苦痛については、通常損害として慰謝料を認めました。

 したがいまして、Dさんが施設を抜け出した場合に、Dさんの認知症の程度や判断能力の程度、身体の健康状態などにかんがみ、事故に遭うことが予見できたような場合には、事故によって生じた損害についても施設は責任を負わなければならないでしょう。

脚注

  • 静岡地裁平成13年9月25日判決。

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