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彦じいさん、たった8針の傷で亡くなる~あなどれない、家でおこる事故~

 私は看護師として病院や在宅、施設で実にたくさんのお年寄りに出会い、「年寄り」というものを教えられました。点滴を勝手に抜きチョウ結びにしてにやけている豊じいさん、施設の女性職員をみんな「自分の女」と思い込んで値段まで決めているすけべな次郎じいさん、「真さんには手え出すな!」ととっても迷惑な話ですが、私を勝手に恋敵に決めてシカトする80歳のチエばあさん...まだまだいらっしゃる。
 そんなお年寄りのエピソードを交えながら、あなたのそばのお年寄りの介護に、そして近い将来、確実に後追いしている私たちの、そう、余計なお世話だと思っているあなた自身も「老いの備え」として身に付けておきたい知恵をお話したいと思います。

 なんでこんな傷で死ななきゃならないの...?みなさんも、そう思いませんか?
 だって、おでこの傷は、たったの8針ですよ!!

 彦じいさんは85歳、身長175cm、明治の男性の平均身長が158cmだからきっと昔は家のあちこちに頭をぶつけたことでしょう...、口数少なく、いつも笑顔でやさしく、おばあさんと2人暮らし。冬のある日、庭先の小さな石につまずいて転び、おでこを8針ほど縫うケガをしました。その冬は雪が多く、病院まで毎日通うのは大変...なんせバスが日に何本しかないから...、とほんの1週間の入院予定でした。

 当然、病院での居場所はベッドの上だけ。暇だから足腰を鍛えようと廊下を歩けば、「また転ぶと危ないからベッドに戻って!」などと余計な声をかけられ見張られる羽目に...。それまで元気でじっとしていることのなかった彦じいさんは、日に日に体力も気力も落ち、ついに風邪をこじらせ肺炎を起こしてあっけなく亡くなってしまったのです。電話で聞いた私は「うそ~!」から先の言葉が出ませんでした。
 ショックで、ただただ信じられず、これほど医療が発達した世の中に、たった8針の傷で亡くなる人がいること自体信じたくなかった...。それほどお年寄りにとっての「安静」はガン細胞よりも威力があるのです。

 亡くならないまでも、こうした家でのちょっとしたつまずきから転んで骨折し、安静にしている間に筋力は落ちて寝たきりになるお年寄りが実は多いのです。
 もう一つ大事なことは、退院できるかどうかは家族のかかわり方次第...というデータもあります。面会や手紙、電話での励ましが「早く治って家に帰れるように頑張ろう!」という気持ちにさせるのです。これがどんなに高くていい薬よりも効く!「やる気」がおこり一生懸命リハビリに取組み、家に帰っても迷惑かけないように...と、トイレや身の回りのことを積極的に自分でやろうとされるから回復が早いのです。
 ちなみに、すでに一人暮らしの人は友達をたくさん作っておきましょう、誰かが励ましてくれれば頑張れるから...。

 家の中でお年寄りに一番多い事故は彦じいさんのように「転ぶこと」。私たちもそうですが、床が平坦だ...と思うと実はあまり足を上げて歩いていない。「私は違う...」とお怒りの方は側溝を歩くとよくわかります。
 ちょっとしたズレにつまずき、バランスがいい人はうまく体勢を戻せますが、そうでなければかっこ悪く転んでしまうのでくれぐれもケガをしないようにお気をつけいただきたい。だから、目が見えにくくてバランスの悪いお年寄りの足元に、雑誌やら新聞紙やらが広がっている、通り道に電気のコードがはっている...などはとっても危険なこと。整理整頓して中途半端な段差を作るのもやめましょう。余計なことですが、こうした心遣いは私たちが転ばないための知恵でもあるのです。

「今回のひとこと」
お年寄りは転びやすく、その代償はあまりに大きい。

【執筆者プロフィール】

小森 由美子/こもり ゆみこ

サクラ・コミュニケーションズ/看護師、養護教諭、医療政策学修士
京都府出身。PL学園衛生看護専門学校、熊本大学養護教諭特別別科修了、東京医科歯科大学大学院修士課程修了

大学病院で勤務していたが介護のために退職。認知症でほぼ寝たきりの祖母を、失敗を重ねながら家族と介護。その後10数年、介護や保健教育に携わり、現在は認知症をテーマに人材育成や地域支援に携わる。

主な著書
「家族とケア関係者でつづるリレー式介護日誌」(単著/法研)
「わかりやすい介護技術」(共著/ミネルヴァ書房)
「見てよくわかるリハビリテーション介護技術」(共著/一ツ橋出版)
「福祉重要用語300の基礎知識」(共著/明治図書)

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