戸惑うふたり ~認知症との関わり~
「由美子さん・・・」、介護をしはじめてから認知症のつるばあさんは私をそう呼ぶようになりました。「さん」づけで呼ばれたことなどもちろん初めてだった私は面食らってしまいました。これが介護を受ける祖母がつけた「けじめ」だと直感し、祖母の気遣いに戸惑いと、寂しさで胸がいっぱいでした。
「認知症」になったら何もわからなくなる・・・、そう思っていませんか?
つるばあさんが夏、涼しい部屋で「そろそろ正月の準備が・・・」などと言い出すのでビックリ!私は思わず窓を開け、つい、「このセミの鳴いている暑い時に・・・」などと責めてしまったのですが、これは「失見当識」と呼び、場所や時間、人に対する認知ができなくなることで、認知症によくある症状の1つなのです。
そして案の定、この夜は興奮状態がひどく、ずっと叫び声をあげてなかなか眠らなかったのです。なぜだと思います?つるばあさんが認識している「今(冬)」と、私がいう「今(夏)」の違いに混乱してしまい、自分がどこにいるのかとても不安でたまらなくなってしまったのです。私が「夏」を強調した時のつるばあさんの困惑した、腑に落ちない表情を見て、私はハッとしました。誤った対応でつらい思いをさせてしまったのです。認知症があっても悩み、苦しむ...、それは私たちと全く同じなのです。
確かに病気が進んでくると、人の認識も、自分のことすらわからなくなりなりますが、認知症の人がすべて「わからなくなっている」と思うのは間違いだということをよく覚えておきましょう。
つるばあさんに昔のことを聞くと、昨日の出来事のようによく覚えています。「あの家からも、この家からも嫁にといわれて・・・」などと、モテた話しをする時は、それはもう少女のような恥じらいが、シワの刻まれた顔からこぼれ、思わず私でさえドキッとします。そして、これまで聞いたことのなかった話が飛び出し、その光景の鮮明さに驚いてしまいます。
でも、悲しいことですが、近いうちに自慢の光景さえ忘れ、自分が誰なのかもわからなくなってしまうのです。
だからその前に、家族や身近な人、誰かがその存在を留めていただけたらと思います。そのためにも、いろんな話を聞いてみましょう。きっとあなたの知らなかったことがたくさんあるでしょう。
認知症にだけはなりたくない・・・!誰もがそう願っています。
それは、徘徊や異食、妄想などのいわゆる問題行動を起こしたり、自分のことすらわからなくなるのが、ただただ不安なのです。
そして、認知症の進行を遅らせられるのは薬ではなく、「人」としてきちんと向き合うことだと、共に笑い、けんかしながらつるばあさんは教えてくれたのです。
「今回のひとこと」
私は誰?・・・あなたのことは私がよ~くわかっているから大丈夫!
【執筆者プロフィール】
小森 由美子/こもり ゆみこ
サクラ・コミュニケーションズ/看護師、養護教諭、医療政策学修士
京都府出身。PL学園衛生看護専門学校、熊本大学養護教諭特別別科修了、東京医科歯科大学大学院修士課程修了
大学病院で勤務していたが介護のために退職。認知症でほぼ寝たきりの祖母を、失敗を重ねながら家族と介護。その後10数年、介護や保健教育に携わり、現在は認知症をテーマに人材育成や地域支援に携わる。
主な著書
「家族とケア関係者でつづるリレー式介護日誌」(単著/法研)
「わかりやすい介護技術」(共著/ミネルヴァ書房)
「見てよくわかるリハビリテーション介護技術」(共著/一ツ橋出版)
「福祉重要用語300の基礎知識」(共著/明治図書)