高齢者が暮らしやすい社会・まちに
ついて考えてみよう
~高齢者の視点を体験する活動から~
【指導者向け】
監修:荒井 紀子(福井大学名誉教授)
本コンテンツは、高齢者について体験的に学ぶ授業(中学生対象)の指導者向け解説書です。
1.高齢者疑似体験のねらい
高齢者疑似体験とは、各種装具を装着して、高齢者の動作・視覚・聴覚を疑似的に体験します。
ただし、高齢者といっても65歳から100歳を超える人まで高齢者像もさまざまです。高齢者疑似体験では、目や耳が衰え、体を動かすことが少しずつ難しくなり、家事や日常生活の手助けが必要になってくる状態の高齢者(めやすとして70代後半以上)を体験します。日常生活のなかで多くの介護を必要とする高齢者の体験ではないことに注意してください。
体験を通じて、以下のことを学びます。
- 加齢による身体的な変化を体感する
- 高齢者の気持ちを考える
- 自分たちができること(高齢者への接し方、コミュニケーションの取り方)を考える
- 高齢者が暮らしやすい社会やまちづくりについて考える
2.高齢者疑似体験教材を使って指導する前に
「高齢者疑似体験キット」を使用する場合
製品やメーカーによってキットの内容は違います。指導者自身が事前体験をしておく必要があります。キットの付属資料として、体験内容の説明資料・動画が提供されている場合がありますので、活用しましょう。
両手足におもりを付けることで、筋力の低下からおこる動作のしづらさを体験するキットが一般的ですが、筋力のある男子生徒は効果を感じにくい、という声もよく聞かれます。
効果的な体験をするためには両手足のおもりに加えて、「前かがみ(腰の曲がり)の姿勢を体験するためのベルト」の装着をおすすめします。このベルトにより、動きが大きく制限され、視野も狭まります。キットに付属していない場合は自作することができます。
ゴーグルは複数のシートを変えることで、白内障(視覚の白濁・黄変)や視野狭窄などさまざまな視覚障がいを体験することができます。歩行の体験では、「視野狭窄」シートを使うことで、動作のしづらさをより体験することができます。
「高齢者の見え方」コンテンツでは高齢者におこりやすい目の病気についての解説を行なっています。
イヤーマフ(ヘッドフォン型耳栓)を使用することで、加齢性難聴を体験できます。
「高齢者の聞こえ方」コンテンツでは加齢性難聴や高齢者に聞こえにくい音についての解説を行なっています。
加齢性難聴は以下のような特徴があります(体験キットによっては実感しづらいかもしれません)。
- 高い音から聞こえなくなる
- 小さい音は聞こえにくく、大きい音はうるさく感じる
- ぼやけた、割れた、歪んだ音に聞こえる
- 早口の声は、分かりにくくなる
「高齢者疑似体験キット」を自作する場合
高齢者疑似体験キットは専門家の監修や検証のもとに製作されていますが、自作した教材による体験は、簡易的なものであることを念頭に指導してください。
指導者は高齢者疑似体験キットを体験しておくと、教材を自作する際のイメージを持ちやすくなります。
「視覚障がい」は安全メガネに貼り付ける素材によって、見え方を変えることができます。
- 全く見えない:
黒い紙を貼る(全盲のイメージ) - 視野の欠損:
黒い紙に切りこみをいれて、見える部分と見えない部分を作る
(緑内障のイメージ) - 色が黄色く見える:
黄色のセロファンを貼る
(白内障のイメージ) - まぶしい・霞んで見える:
プチプチシートを貼る
(白内障のイメージ)
このコンテンツで提案している体験を効果的にするためには、「視覚障がい(視野の欠損)」「聴覚障がい」「指先の使いづらさ」「前かがみ(腰の曲がり)(※)」は必要な教材です。
※「前かがみ(腰の曲がり)」については、自作する時間がとれない場合は、手で膝をつかみながら歩行することでも、簡易的な体験が可能です。
3.「体験してみよう(ワーク)」についてのポイント
体験1と体験2のワークは3人のグループで行ないます。高齢者疑似体験キットの数が不足する場合は、自作の教材と併用します。
各ワークでは、高齢者の生活場面を3つの役割で演じてもらいます。生徒全員が高齢者役を体験することが望ましいので、3交代して行ないます。
50分の授業で行なう場合は、「導入・疑似体験教材説明」10分、「体験してみよう(ワーク)」25分、「体験をもとに考えてみよう(ワーク)」10分、「まとめ・課外活動の説明」5分を想定しています。
一つのグループで体験1と体験2の両方を行なうのは時間的に難しいので、体験1のグループと体験2のグループにわけて体験します。「体験をもとに考えてみよう(ワーク)」で、違う体験をしたグループの感想・意見も共有するようにします。
疑似体験の内容や進め方については、生徒の人数や教室のスペースなどに応じて、アレンジしてください。
<体験1>レジで小銭の支払いをする

体験のねらい
スーパーやコンビニのレジで高齢者が支払いをするのに時間がかかり、列の後ろで待っている人はついイライラしてしまうという経験をすることがあります。
その経験から、高齢者が支払いをするのに時間がかかってしまう原因を高齢者の身体的特徴と結びつけて考えてもらいます。
体験の指導方法
この体験では「高齢者」役以外に、「店員」「列の後ろの客」の役を参加者に体験してもらいます。それぞれの視点でどのように感じたか、どのようなサポートができるかを考えてもらいます。
体験を効果的にするための注意点
<手袋の装着>
小銭の取り出しにくさを感じるために必要です。教材に付属していない場合は軍手や厚手のゴム手袋でも代用できます。
<ゴーグル>
装着するシートによって見え方が違いますので、小銭が見えづらくなるシートを使用してください。
<その他>
イヤーマフや耳栓をすることで、店員役の声が聞きづらくなります。
体のおもりや前かがみ姿勢ベルトを使用することで、店員を見ることが難しくなります(店員を見上げようとすると苦しい体勢になります)。
<体験2>道路を歩いていてすれ違う

体験のねらい
高齢者にとっては街なかを歩くだけでも不自由さを感じますし、危険を認識しづらくなります。すれ違いざまにぶつかりそうになっても、高齢者は簡単によけることが難しく、相手が近づいてきていることも気づきづらくなっています。
動作のしづらさに加えて、高齢者の感覚と周囲の人との感覚の違いを体験してもらいます。
体験の指導方法
この体験では、「高齢者」役の役以外に、「すれ違う人」「周りで見ている人」の役を参加者に体験してもらいます。
同じように歩いていても、それぞれの視点が大きく違っていることを理解し、周りで見ている人はどのような配慮をしたら良いかを考えてもらいます。
体験を効果的にするための注意点
<ゴーグル>
視野が狭くなるシートを使うことで、障害物をはじめ周囲の状況が認識しづらくなります。
<前かがみ姿勢ベルト>
おもりだけだと筋力がある生徒には動きの負荷を感じにくいと思います。ベルトで前かがみの姿勢を強いることで、歩行のしづらさや視点が低くなることを効果的に体験することができます。
<杖>
杖を使うことで、歩行しやすさを感じることができます。
杖は利き手で持ち、杖→杖の遠い側の足→杖に近い側の足→杖という順番で前に出すことが一般的です。
杖の高さを調整できる場合は、説明書を見て高さを調整しましょう。説明書がない場合は、手を下におろした時の手首の高さに調整します。
<その他>
イヤーマフや耳栓をすることで、周囲の音が聞こえないことの不安を感じます。
4.「体験をもとに考えてみよう(ワーク)」のポイント
①体験した感想はどうでしたか?高齢者の身体面(不自由さ)や心理面(不安)から考えたことを書きましょう。
その後、それぞれの役の感想について話しあってみましょう。
<体験1> | ||
---|---|---|
「高齢者」 役の感想 |
(感想例)
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「店員」 役の感想 |
(感想例)
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|
「列の後ろの客」 役の 感想 |
(感想例)
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<体験2> | ||
---|---|---|
「高齢者」 役の感想 |
(感想例)
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「すれ違う人」 役の感想 |
(感想例)
|
|
「周りで見ている人」役の感想 |
(感想例)
|
②歳をとることで、どのような身体の変化があるでしょうか。
視力は?
- 全体的に色の明度・彩度が下がって見える(加齢により瞳孔が開かなくなる)
- 黄色みがかかったり、白濁する(白内障という病気で目の水晶体が濁るため)
- 視野が狭まる(緑内障という病気では、視野の周辺部がかけてくる)
- 中心部が見えなくなる(加齢黄斑変性症という病気で、網膜の中心部が障害されるため)
※ゴーグルのシートを変えることでそれぞれの見え方の体験ができる。
聴力は?
- 高い音から聞こえなくなる
- 小さい音は聞こえにくく、大きい音はうるさく感じる
- ぼやけた、割れた、歪んだ音に聞こえる
- 早口の声は、分かりにくくなる
指先は?
- 指先の細かい動きがしづらい
- 感覚が鈍くなる
- 細かい作業に時間がかかる
※運動機能や認知機能が衰えて動作の反応が鈍くなるので、日常生活の「ボタンをとめる」「薬をとりだす」などがしづらくなる。
歩く動作は?
- 関節の軟骨が固くなり、筋力が衰えるため、足の運びが遅くなる
- 姿勢が悪くなり、バランスをくずして転びやすくなる
- 視力や聴力の低下が歩く動作にも影響し、不安な気持ちになる
ワークのねらい
ここでは体験(高齢者疑似体験)と知識(加齢による身体の変化)を結び付けて理解することがポイントとなります。
授業時間を確保できるのであれば、この授業の後に「高齢者の見え方・聞こえ方」を活用して、高齢者の視覚や聴覚に関する科学的な知識をさらに深める授業を行なうと良いでしょう。
5.「まちに出て見つけてみよう(課外活動)」のポイント
課外活動のねらい
高齢者疑似体験の授業を通して、高齢者の身体や視聴覚の機能低下を理解し、日常生活の場面での不自由さや危険について考えました。このことについてさらに考察を深めるために、課外活動として生徒に「まちで見かけた高齢者の様子」「まちで見かけた不便な場所(高齢者が困っている場所)」について観察し、ワークシート「みんながまちで見つけてきた事を共有し、考えてみよう」に記録してもらいます。
高齢者にとって不便な場所については、可能であれば写真をとってもらいます。スーパーやコンビニなど公共の場所ではないところでは撮影の許可を得る必要があることを伝え、むやみに写真を撮ることは控えるように注意喚起します。
プライバシーに配慮するために、「まちで見かけた高齢者の様子」を撮影することは求めていませんが、高齢の家族に協力を得られる場合などでは、高齢者の困っている場面の写真を撮ることが可能かもしれません。状況に応じて課外活動を設定してください。
生徒がまちで見つけてきたことについては、次回の授業で共有し、それをふまえて「自分が身近にいる高齢者に対して何ができるか」「社会やまちづくりの観点で、どのようにすれば高齢者が暮らしやすくなるか」を考えます。
観察のポイント
まちで見かけた高齢者の様子
高齢者疑似体験では「レジでの支払い場面」「通行中に高齢者とすれ違う場面」を体験しています。この体験をもとにまちのなかでの高齢者の様子を観察します。
高齢者のお店での様子
- 陳列棚から必要なものを探せない
- 高い場所の商品が見えない・手が届かない
- 買い物袋を持って歩くのが大変そう
- 自動精算機の操作にとまどっている
- 店員とのコミュニケーションに困っている など
高齢者が移動している際の様子
- 杖やカートを使っている
- カートに座って休憩している
- 信号機が見づらい
- 横断歩道を渡っている途中で信号が変わりそうになる
- 自転車がすれ違ったりする時に危険な様子がある など
電車やバスなどの交通機関での様子
- 混雑している時に優先席に座れていない
- つり革につかまるのが難しい
- ホームと電車との乗り降りが危険
- 駅の通路で方向がわからなくなって困っている など
まちで見かけた不便な場所
(高齢者が困っている場所)
バリアフリーの観点で、建物、屋外、交通機関における不便な場所を観察します。
建物やお店のなかでの不便な場所
- レジの高さが高すぎる
- セルフレジや自動精算機
- 表示や案内が高い位置にある
- エスカレーターやエレベーターの場所がわからない など
屋外での不便な場所
- 車道と歩道の境目がない道路
- 信号機の高さが高い
- 横断報道の信号の変わる時間が短い
- 道路の段差や出入り口の階段
- 歩道に商品や看板がでている など
電車やバスなどの交通機関での不便な場所
- 電車とホームの段差・隙間が大きい
- バスの乗降口のステップが高い
- ホームが混雑しているのにホームドアがない
- ホームや停留場に座る場所がない
- エレベーターの場所がわからない など
6.「みんながまちで見つけてきた事を共有し、考えてみよう(ワーク)」のポイント
①課外活動で見つけてきたことをグループで共有してみよう
考えるポイント
生徒がまちで見つけてきた高齢者の様子や不便な場所(困っている)場所について共有します。写真などの視覚的な素材を見せて説明すると理解が深まります。
共通・類似することについて分類し(カテゴリわけ)、それをもとに次の課題2・3を考えます。
(生徒の意見の例)
※前項5の「観察のポイント」を参照
②高齢者疑似体験やまちで見つけたことをふりかえって、あなたは身近にいる高齢者に対して何ができるでしょうか?
考えるポイント
体験1・2を通して、高齢者本人の立場や周囲の人の立場からの視点を統合して、高齢者の身体的特徴や心理面に配慮してどのようにかかわると良いか考えます。
また、加齢による心身機能の低下には個人差があり、「高齢者」とひとくくりにはできないことにも注意します。そのため、一方的な配慮をするのではなく、高齢者の同意を得たり、対話を通じて、一緒に考える姿勢が大切です。
(生徒の意見の例)
- 行動に時間がかかることを周りの人が理解して、焦らさないよう、いそがせないようにする
- 困っている様子を見たらお手伝いできることがあるかどうか、声をかける
- 高齢者の行動をよく見て、危険な時には声をかける
- こちらから見えていても、高齢者からは見えていないかもしれないと注意する
- 話しかける時は正面に立って話すとよい
- 聞こえているかどうか確認しながら、ゆっくりと話すとよい
③私たちの社会やまちは高齢者にとって暮らしやすくなっているでしょうか?
「社会のあり方」「まちづくり」「地域社会での人間関係」などの観点で、どのようにすれば高齢者が暮らしやすくなるでしょうか?
高齢者にやさしい社会は、高齢者に限らずさまざまな人にとってもやさしい社会であることもふまえて考えてみましょう。
考えるポイント
「②高齢者疑似体験やまちで見つけたことをふりかえって、あなたは身近にいる高齢者に対して何ができるでしょうか?」で、個人として何ができるかを考えたことをもとに、「社会のあり方」「まちづくり」「地域社会での人間関係」などの視点で何ができるのか、どのようなことが望ましいのかを考えます。
高齢者にやさしい社会は、高齢者に限らずさまざまな人にとってもやさしい社会であり、多様な心身の特性や考え方を持つ人々が、相互に理解を深めようとコミュニケーションをとり、支え合うこと(「心のバリアフリー」)の大切さにつなげます。
(生徒の意見の例)
- レジを急いでいる人とゆっくりと会計をしたい人とわけるようにする
- セルフレジで会計ができる人はセルフレジを使う
- 歩きやすい歩道にしたり、信号を見えやすくする
- 歩行車と自転車をわける道路にする
- 案内板などを低い位置にする
- 高齢者に限らず、困っている人を見かけたら積極的に声をかけるような社会になるといい
- 人々が自分のことだけではなく、相手の立場になって考えることができる社会になるといい
7.授業の評価について
この授業での生徒の活動については、以下の観点で評価します。
「知識・技能」
(何を知っているか、何ができるか)
「体験をもとに考えてみよう(ワーク)」の「②歳をとることで、どのような身体の変化があるでしょうか。」において、加齢による高齢者の身体の変化についての理解度を評価します。
「思考力・判断力」
(理解していること・できることをどう使うか)
「みんながまちで見つけてきた事を共有し、考えてみよう(ワーク)」の「②高齢者疑似体験やまちで見つけたことをふりかえって、あなたは身近にいる高齢者に対して何ができるでしょうか?」において、高齢者の身体的特徴や心理面に配慮しつつ自身のかかわり方を考えられたかを評価します。
「学びに向かう力、人間性」
(どのように社会・世界にかかわり、よりよい人生を送るか)
「みんながまちで見つけてきた事を共有し、考えてみよう(ワーク)」の「③私たちの社会やまちは高齢者にとって暮らしやすくなっているでしょうか?」において、「社会のあり方」「まちづくり」「地域社会での人間関係」の視点で具体的なアイデアや提案を考えられたかを評価します。