『ボケてたまるか!』の著者 山本朋史記者に聞く
広場
「もしかしたら自分は認知症では」と思ったきっかけは、何だったのでしょうか?
山本
60歳を過ぎた頃から、知っている俳優の名前や、漢字とかが思い出せないことがありました。でも、年をとれば誰にでもありうることだ、とあえて軽く考えるようにしていました。しかし内心では、もしかして認知症では、という思いがよぎることもありました。
そんなある日、仕事で申し込んだ取材の日程をダブルブッキングしてしまったのです。幸いなことに、長年の知り合いの方でしたので謝罪を受け入れていただき、ことなきを得ましたが、記者として絶対にあってはならないミスです。年のせい、では済まされない危機感をもちました。
広場
何らかの病気など、「もの忘れ」が多くなった原因はあったのでしょうか。
山本
病気ではありませんが、思い当たることはあります。可愛がっていた犬が、自分の不注意もあり死んでしまったのです。ペットロスと自己嫌悪で少し鬱(うつ)状態になっていました。それが引き金になったのだと思います。
このことをきっかけに、認知症の初期について書かれた記事を繰り返し読み、検査したほうがいいかもしれないと考えて「もの忘れ外来」を訪ねました。
広場
そこで、軽度認知障害(MCI=Mild Cognitive Impairment)と診断されたわけですね。
山本
はい。東京医科歯科大学医学部付属病院の朝田隆特任教授に診ていただいたのですが、さまざまな検査の結果、軽度認知障害(MCI)と診断されました。MCIはまだ認知症になる前の段階であることや、何もしないと4年で約半数の人が認知症を発症すること、進行をくい止める薬はできていないことなど、丁寧に説明してくれました。でも、今から予防に取り組めば、発症を防いだり、症状を改善したりできる場合もあると聞いて、なんとしても改善したいと考えたわけです。
当時、筑波大学の教授でもあった朝田先生から、筑波大学で毎週2回行なわれている認知力アップトレーニングを受けてみませんかと言われ、さまざまなプログラムに必死で取り組み始めました。
広場
お仕事のほうは大丈夫だったのですか?
山本
MCIという診断を受けたとき、61歳でした。私は60歳から毎年契約を更新する形で記者の仕事を続けていました。幸い職場の理解を得ることができ、担当デスクから「認知症になっているのではないかという不安をもっている人はたくさんいるはずです。いっそ認知症早期治療に取り組むところをそのまま記事にしたらどうですか。
同じ悩みをもっている人の参考になるのでは」と言われました。そんな経緯から、関係者のみなさんの協力を得て生まれたのが、『週刊朝日』の「ボケてたまるか!」の連載でした。
広場
予防の取り組みは何をしましたか。なかでも、山本さんがいちばん効果を実感しているプログラムはなんでしょうか?
山本
いいと言われたことは、なんでもやってみよう!と取り組みました。絵をかいたり歌を歌ったりもしました。歯も、毎日6回くらい磨きます。なぜかというと歯茎への刺激は認知症予防に良いと聞いたからなんです。そのなかで、私がいちばん効果を実感したのは「本山式筋肉トレーニング」と呼ばれる運動プログラムですね。
本山先生は、認知症の患者が筋肉痛などをあまり感じないことに着目し、脳と感覚神経の関係を研究していました。鍛える部分に神経を集中して少し強めの筋力トレーニングを続けることで、感覚神経と脳がつながり、脳が活性化することを発見しました。
このトレーニングが私には合ったらしく、トレーニング後は頭がすっきりします。
広場
今もトレーニングを続けていますか?
山本
はい。最初は筑波大学で、今は御茶ノ水のオリーブクリニックお茶ノ水に週1回通っています。正直継続することには難しい部分もありますが、やっぱり同じ症状に苦しんだり、笑いあったり、予防のために一緒に必死に努力する仲間がいることが励みになって続けられたのかもしれません。仲間の支えは、今も私の大きな力になっています。
広場
症状が進んでいないことを実感されていますか。
山本
緩やかに進行しているのかもしれません。脳の状態が良い日もあれば悪い日もあります。頭の中に雲が垂れ込めているような日も1ヵ月に数日はあります。でも、それがわかるだけでも違います。今日は脳の調子が悪いな、無理するのをやめようとか判断基準になります。
もし、MCIと診断されなければ、運動もせず、新しい自分の発見もなかったと思います。トレーニングを受けるようになってから、食事に気を使い、睡眠をとり、飲み過ぎないようにし、運動をするなど生活が変わりました。体は、MCIと診断される前より健康ですよ。(笑)
広場
最後に認知症やMCIに悩むご本人や家族にひと言お願いします。
山本
認知症かな?というのは初めは本人が気付き、次に家族が、そして最後に職場や地域の人が気付きます。自分に対しても周囲に対しても、取り繕うのではなく、早い段階で専門医の診断を受けることが大事だと思います。
近くに専門医がいなくても、ネットや電話相談など、相談するツールは工夫次第であります。自分は大丈夫、この程度は誰でもあると思わず、専門医に相談することです。きっと自分にあった予防法が見つかると思います。
広場
ありがとうございました。