2.赤ちゃん人形の効用
芹澤さんがドールセラピーを知るきっかけとなったオーストラリアのセラピストは、「認知症のケアにおいて最も大切なことは、愛する対象を見つけることと自信を取り戻させること」と言います。恋をするとキレイになる、ということと同じで、「愛する」という気持ちが、人を元気にさせたり、心身をリフレッシュさせます。これは脳科学やホルモンの研究でも実証されています。
では、なぜドールセラピーは赤ちゃん人形を必要とするのでしょうか。
「感触」が記憶をよびさます
認知症は記憶障害を伴うことが多いのですが、「感触」や「感情」という原初的な感覚は忘れずに残るものだそうです。ぷよぷよした頬、柔らかい手指――、ドールセラピーのお人形は本物の赤ちゃんそっくりの感触をもっています。抱いたときの感触が、多くの女性に自分の赤ちゃんを腕に抱いた幸せな感情をよみがえらせてくれます。
また、母として子を守り育ててきた記憶につながり、認知症の進行とともに失われてきた自信を取り戻すきっかけになります。
赤ちゃんを「かわいい」と感じる心は誰にでもある
電車のなかで、隣り合った女性が抱く赤ちゃんにほほえみかける男性がいるように、出産経験のない男性も、本能的に赤ちゃんを「かわいい」「いつくしむべき存在」と思っています。
一説によれば、赤ちゃんに接することで脳が活性化するというアメリカの研究者の発表もあるそうです。
愛し、世話をする対象としての「赤ちゃん」
赤ちゃんという存在はいたいけで、無力です。誰かが世話をして、いつくしんでいかなければなりません。
赤ちゃん人形を用いたドールセラピーは、認知症の方々から「世話をしたい」「世話をしなければ」という意欲を引き出すきっかけとなります。この意欲が、生活のハリとなり、自立的な生活を回復させることにつながります。
周囲とのコミュニケーションツールになる
赤ちゃんを抱いている方に、見知らぬ人が話しかけます、「かわいいお子さんですね」「いま何ヵ月ですか?」――。こんな光景は実生活でもよく見ます。赤ちゃん人形を抱いていると、ご近所の方、病院、施設の入居者同士が、笑顔で話しかけてくることも多くなり、認知症の方にとってなによりも大切な、「コミュニケーション」の機会がたくさん生まれてきます。
これまで自分の殻に閉じこもっていた方も、コミュニケーションをとりながら、感情を表すことができるようになるのです。