考え方を変えずに選択肢を増やしていく
高齢者が楽しく高齢期を迎えるために実は非常に大切なものにメンタルヘルスがある。私自身、精神科医なのでそれを痛感する。高齢期にうつ病になると一気に老け込むし、生きていることで人の迷惑になるように感じ、つらい毎日を送るのが通常だ。
これはセロトニンという神経伝達物質の分泌が歳をとるほど減ることが原因なので、食欲が落ちてきて、夜中に何度も目を覚ますようならうつ病かもしれないと思って、脳内のセロトニンを増やしてもらう薬を処方してもらうのが賢明だろう。高齢者のうつ病はかなり薬が効くというのが経験上の実感だ。
このセロトニンを増やす生活というのもある。主なものは日光を浴びることと、セロトニンの材料であるたんぱく質を積極的に摂ることだ。それ以上に重要なのは、ものの見方、考え方を変えるということだ。
今うつ病患者さんに対して、最も人気のある心の治療法に認知療法というのがある。うつ病の人というのは、例えば配偶者に先立たれたら、「もう自分の人生は終わりだ」「残りの人生はずっと孤独だ」と考えがちだ。
確かにその可能性はなくはないが、100%そうなるわけではない。そこで、「いい出会いもある可能性もなくはないですよ」という形でほかの可能性も考えられるようにしていくのだ。
「この道しかない」という考え方では、その道がうまくいかないときに落ち込んでしまったり絶望したりする。「この道がダメならあの道もある、人生いろいろだ」と選択肢が多い人のほうがメンタルを病みにくい。
人と議論するときでも、自分が絶対正しいと思っていると、孤立を招きがちだ。「あなたの考えも一理ある。でも私の考えだって、可能性がゼロではない」と多様な考え方ができるほうが柔軟になれるし、メンタルも病みにくい。
人生経験を積むほど人生は予想通りにいかないと知るのだから多様な考えを身に着けたいものだ。
【執筆者プロフィール】
和田 秀樹/わだ ひでき
東京大学医学部卒業。専門は老年精神医学、精神分析学、集団精神療法学。
現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
高齢者専門の精神科医として、30年以上高齢者医療の現場に携わる。
著書『80歳の壁』などベストセラー多数。