感情失禁のメカニズム
前回は感情失禁とはどういう状態で、それがどういう風に怖いのかをお話した。
ただ、私の長年の高齢者専門の精神科医としての経験から言うと、認知症などがよほど悪くなっていたり、特殊な脳血管障害がない限り、葬式の場で笑い出して、その制御が利かないというような形のものは稀である。
ある感情が起こった時に、それがコントロールできなかったり、どんどんエスカレートしたりするというのが、高齢者に見られる感情失禁としては一般的なものである。要するに怒りだしたら止まらないとか、どんどんエスカレートするというパターンだ。
巷では老害などということばが使われ、歳をとると怒りっぽくなるとか、涙もろくなるとされているが私はそうは思わない。もちろん、そんな風になる人もいるのだが、一般的には歳をとると感情のテンションが下がるものだ。
たった一件の事故で、高齢者全体が危険のように言われて、免許を返納しろという圧力が高まったり、ひどい場合は、高齢者は集団自決しろとかいう識者が現れたりしても、それほど激しい怒りを表出する高齢者は少ない。
老害というほど威張り散らす人は稀で、老害と言われるのを恐れる老害恐怖症のような人のほうがむしろ多い。
ただ、例えば市役所の職員の対応が悪いとか、飲食店で待たされるとか、何らかの理由で一度怒りに火がついたら、それを抑えきれないというパターンは珍しくない。要するに高齢になるとふだんの感情のテンションは下がるのだが、それをコントロールする機能が落ちるのだ。
この大きな原因となっているのが、脳のなかの前頭葉という場所の老化だ。高齢者の脳の画像(MRIやCT)を毎年100枚くらいを見ているのだが、高齢になると誰でも脳は委縮する。そのなかで一番早く、また一番大きく縮むのが前頭葉だ。
以前薬がなかった時代に、ロボトミーという、前頭葉の一部を切り取ると統合失調症の患者さんがおとなしくなる治療が行なわれていたことがある。
それをやっても知能テストの点数は全く下がらないのだが、意欲がなくなり昼行燈のようになるのに、怒りだすと止まらないというような状態になることが多かった。
そこで前頭葉が意欲と感情のコントロールを司っていることがわかったのだ。普段大人しい高齢者が怒りだすと止まらないのは、おそらくは前頭葉の老化によると私は信じている。
【執筆者プロフィール】
和田 秀樹/わだ ひでき
東京大学医学部卒業。専門は老年精神医学、精神分析学、集団精神療法学。
現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
高齢者専門の精神科医として、30年以上高齢者医療の現場に携わる。
著書『80歳の壁』などベストセラー多数。