認知症の人が語る、地域の記憶と文化――ともに歩く自然の時間から――
私は、「自然観察たい」というグループの一員として、都内の介護専門職の仲間とともに地域の公園などを歩きながら、季節の自然を楽しみ、人と人とのつながりを育む観察会を行なっています。
先日、八王子市の片倉城跡公園で開催した観察会では、認知症のある方、介護職員、地域の子どもや住民が集まり、ゆっくりと自然を観察しながら公園を歩きました。立場も年齢も関係なく、一緒に歩き、目に入るものを語り合っていると、「支援する/される」という関係から離れて、ただ並んで歩き、ともに何かを見つけて、おしゃべりをする。そんな水平なつながりが自然に生まれてきます。
こうした観察会では、思いがけない語りが生まれます。熊本で行なわれた観察会では、ある認知症の方が"せんだん"の木の実を見て、「昔、これで鳥を捕まえておやつ代わりに焼いて食べたんだ」と話してくれました。その語りに、まわりの参加者からは「そんな風に暮らしていたんですね」と感心の声が上がりました。
目の前の木の実のエピソードが、かつての生活の知恵や地域の文化として、その場にいた人たちのなかに共有されていく――そんな瞬間でした。その方は、介護される存在としてではなく、暮らしの語り手として存在していました。
また、別の観察会では、「歩けない」「聞こえません」と話していた女性が、自然のなかで過ごすうちに、見知った花を見つけて自ら歩き出し、「これ、昔うちにも咲いてた」と笑顔で語り、帰るころには、おひとりで歩いて帰られた、ということもありました。
自然のなかで、五感がやさしく刺激されることで、感覚や記憶が呼び起こされていく。そうした場面に、私は何度も立ち会ってきました。
さらに別の地域では、「助けてもらってばかりではなく、自分も誰かの役に立ちたい」と話した認知症のある方の声から、自然のなかを歩きながらごみ拾いをする活動が始まったこともあります。自然に触れながら歩くことが、地域に貢献する場になっていく。その姿は、「支えられる人」ではなく、「地域とかかわり、まちを支える人」としての新たな関係性を生んでいました。
「自然のなかを歩く」という営みは、必ずしも特別な企画ではありません。ちょっとした散歩に出てみるだけで「ここには昔、彼岸花がぎっしり咲いてたんだよ」など、普段とは違う表情がみられ、かつての風景を語る声が聞かれることがあります。
認知症のある人と自然のなかを歩くことは、その人の力を発見し、私たちが地域を見つめ直す時間です。そうした日常が、認知症のある人と私たちが、尊敬しあって暮らしていける「ともにある社会」の入口になるのではないかと思っています。
【執筆者プロフィール】
中村 考一/なかむら こういち
社会福祉法人浴風会 認知症介護研究・研修東京センター 研修部長。
日本社会事業大学卒業、日本社会事業大学大学院修了。博士(社会福祉学)。
社会福祉士・介護福祉士。著書に『みんなで学ぼうその人を中心にした認知症ケア』(ぱーそん書房、2016)など。
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