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こうして両立!体験談あるフリーライターの
近距離・共同介護

宮本 陽子さん(仮名)
フリー編集者・フリーライター、50歳代

宮本 陽子さん
働き方
フリーランス
オフの過ごし方
読書、環境教育の勉強
親族の居場所
別居(自宅から1時間圏内)
介護度
伯母・要介護3
1コマ
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漫画:カワグチニラコ

久しぶりに会った伯母に「孤独死」の危険が

1.会いに行って気づいた、伯母の異変

 私の母方の伯母(当時79歳)は、生涯独身でした。祖母と長兄を見送ってからは都会の実家(戸建て)でひとり暮らし。私やいとこたちは、たまに遊びに行ったりしていたのですが、仕事や子どもたちの学校の用件などで忙しくなり、足が遠のいていました。でも、電話をすると、元気な声が返ってきます。きっとそれなりに充実した暮らしなのだろうと思っていました。
 ところが、私たちが久しぶりに訪れたときのことです。様子がおかしいことに気づきました。伯母は、普通の家事ができなくなっていたのです。食事もきちんと3食とっていませんでした。私たちの脳裏を、「孤独死」という言葉がよぎりました。けれども、それぞれに家庭の事情があり、どんなに恩があっても、彼女を引き取ることはできなかったのです。

2.親せき総動員、それぞれの仕事の合い間に伯母を訪問

 伯母の家まで、私もそのほかの身内も、電車で1時間程度かかるところに住んでいました。私はフリーの仕事をしていましたが、家のローンや子どもの学費のために仕事は減らせない。いとこのTくんは会社で役付き。Yちゃんはフルタイムに近いパート。Cさんもお勤めです。毎日の訪問は無理。平日の夕方には誰が行く、土日は私が行こうか、とできる範囲で訪問するようにしました。私ひとりだったら、どうにもならならず、悲劇を招いていたかもしれません。身内の連携は大切です。
 身内の恥、などと御託を並べている場合ではありません。伯母の窮状をご近所の皆さんにもお伝えし、何か気づいたことがあったら連絡をもらうことにしました。伯母は長い間、自治会で役員をしており、面倒見が良いため人望がありました。そのせいか、どの方も快く引き受けてくださったのですが、つくづく情けは人の為ならずと感じます。

3.すき間時間で仕事をこなす、フリーランスでよかった

 仕事と介護の両立ですが、親戚はみんな会社員だったので、退社後に寄ることしかできませんでした。その点、私はフリーの編集兼ライターなので、勤務時間に縛られていません。ノートパソコンさえあればどこでも書いたり読んだりすることができました。
 私が頻繁に使うようになったのは、クラウド、ネット会議です。メールだけでは足りないやりとりが、そうしたツールでうまくいくようになり、本当に助かりました。
 ただし、作業でまとまった時間がほしいときにトラブルが起きると、そちらにかからねばならず、仕事の効率はだいぶ落ちていたと思います。もちろん、収入面も目減りしました。

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介護のお金!どうする?

1.お金が足りず、身内の持ち出しで世話を

 困ったのがお金のことです。お金のことがよくわからなくなっていたので、せっかく振り込まれた年金が、無駄遣いであっという間になくなるのです。可哀想だけれど、伯母の通帳はCさんが管理して、毎月定額を送ることにしました。
 お金が足りない時には私たちが補助しましたが、みんな裕福とは言えない暮らしですから、いつまでできるかわかりません。家を売るのが一番の解決策と思われましたが、この段階では伯母が売却を拒んでおり、説得には長くかかりそうでした。

2.実家の売却を巡る葛藤

 認知症の疑いと、もともとあった高血圧の悪化が心配で、地域包括支援センターに相談に行きました。伯母の身内の関係図を示しながら状況を説明すると、地域包括支援センターから相談員が来てくれることになりました。それなのに伯母は、相談員も病院の受診も拒んでしまったのです。当然、家の売却などもってのほかでした。昔気質なので、人に弱みを見せるのは「恥」だと思っていたのですね。そのせいで、介護申請すらできずに時間が過ぎていきました。
 ところがあるとき切羽詰まった電話が。家で転倒し、ちゃんと歩けないというのです。みんなで病院に連れていくと、腰椎の圧迫骨折と診断されました。腰の痛みですっかり弱っていた伯母は、ここに至って「家を売ってみんなの言うとおりにする」とようやく観念しました。

3.自分の意思で自宅売却~住み替え

 伯母は整形外科専門の病院に入院し、ようやく要介護1の認定がなされました。
 腰が少し良くなったからといって、退院後に家へ戻したら、伯母はもうこちらの言うことをきかないでしょう。相談員と話し合った末、介護老人保健施設(老健)に移ることになりました。老健は、介護が必要な高齢者のリハビリ施設です。この施設の担当者は、伯母の状況を理解して入所期間を延ばしたりするなど、柔軟に対応してくださいました。
 老健に入って間もなく、家の売却先が決まりました。売却の契約時は、Cさんと私が付き添いましたが、署名などは伯母が自分でしました。本人の意思がはっきりしており、署名もできる段階で、本当に良かったと思います。売却した費用で、これまで身内が負担した金額を相殺し、残りを伯母の必要経費に充てることにしました。
 老健では、次の居場所が見つかるまで半年ほど過ごさせてもらいました。この間、施設の近くに住んでいたいとこのYちゃんが、洗濯物などの雑用を引き受けてくれていましたが、相当負担になっていたはずです。やはり、何人かで役割分担をすべきだったと、今更ながら反省しています。

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介護者は仕事の継続、自分の暮らしを大切に

 伯母は最終的に、空きの出た特別養護老人ホーム(特養)で暮らしました。ホームでの習い事にはほとんど全部参加し、職員のお手伝いをし、元気に過ごしていましたが、会うたびに「さびしい」とこぼしました。伯母は果たして幸せだったのか、いまだに自問することがあります。
 伯母の介護が私たち自身の暮らしに食い込んで、どちらを優先すべきか悩んだこともたくさんあります。それでも仕事を辞めなかったのは、親身になってくれた相談員の「辞めたら、自分の暮らしが成り立たなくなりますし、精神的に辛くなりますよ」という言葉があったからです。
 特養に入っても、もちろん施設に任せきりにはできません。体調の変化やサポートに関する相談などで、足を運ばねばならないこともありました。そういうときには、「行ける人が行く」と割り切りました。
 伯母に会う回数も工夫しました。身内で訪問を分散させ、回数を増やすことを優先したのです。無理やりスケジュールを合わせていっぺんに行ってしまうと、私たちが帰った後の寂寥感(せきりょうかん)は強くなると考えたからです。
 介護はみんなで協力して無理なく、が鉄則だと思います。これから介護生活が始まる方は、どんなことがあっても自分自身の生活を大切にしてください。
 介護は、肉体的精神的に負担の多いものです。いとこたち、身内全員が損得勘定抜きで対応でき、本当に良かったと思います。
 今、私はライターとして、ある雑誌に自分の体験を書いています。介護について誰にも相談せず、ひとりで背負って苦しんでいる人があまりにも多いと知ったからです。晩年の伯母と接してきた日々は、そのような意味で、けっして無駄にはなりませんでした。介護に直面したら、恥ずかしいとか、迷惑になるのではと躊躇せず、どうか周囲に助けを求めてください。それがご自身の人生をポジティブに活かすことにつながると思っています。

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